日記

DIARY

願わくは花の下にて春死なんむそのきさらぎの望月のころ 文治6年(1190年)2月16日生涯を閉じる願った通りの死を迎える。思い通りに生きたのだろうか?最後は満足ですか。満開の桜咲くとき。思いはいかに

ぼちぼち 何を願うか最終コーナー  西行法師 羨ましくもあり うらやましくもなし

投稿日:2022/05/17投稿者:永瀬 潤一

安藤広重:東海道五十三次作成 絵師 同時に定火消同心 武士である。

遺言:我死なば、焼くな埋めるな野に捨てて飢えたる犬の腹をこやせよ。

安政5年(1858年)9月6日没 享年61歳


投稿日:2022/04/19投稿者:-

吉田松陰 安政6年(1859年)10月27日没 30歳安政の大獄 最後の死刑

身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂

やまとだましい わが民族に残りし 思い入れのあるやさしき言葉と理解しよう。

写真は、ゴボウの花

 

 

投稿日:2022/03/11投稿者:永瀬 潤一

我が家の会話

晩ご飯つくるけー でーかでーこをとってけー

解ったかな?(誰か大根を畑から持って帰れ)

それから、バナナの話じゃが かえーそうじゃから写真は、なしじゃ

かわいそうなので写真は、なしじゃ

 

投稿日:2022/03/06投稿者:永瀬 潤一

越後に良寛、博多に仙厓和尚、正直に自分を曝した達人の代表といわれる二人 仙厓和尚について 最後の言葉が素晴らしい。弟子たちに言った。「死にとうない」そして「ほんまに ほんまに」とと付け加えたそうな。

天保8年(1837年)10月7日のことである。享年88歳入寂 ほんまに いい一生だったと想像する。

我も 〈ほんまに死にとうないと言い、ありがとうで終わりたいものである。)

 

 

投稿日:2022/02/04投稿者:永瀬 潤一